針尾無線塔の三本を望む大村湾

国の重要文化財も訪れる

2時間

普通車 10,520円

ジャンボタクシー 15,520円

JR佐世保駅

集合場所はJR佐世保駅になります。
事前打ち合わせにてお決めになったお時間に合わせてお待ち下さい。

針尾送信所
針尾無線塔の三本を望む大村湾

西海橋の近くにそそり立つ、鉄筋コンクリート製の三本の塔。針尾無線塔は大正11(1922)年、旧日本海軍の手によって4年の歳月と155万円(現在の価値で250億円相当!)の巨額の費用を投じて建設されました。いづれも高さ約136m、周囲38m、塔の底面積115㎡(畳74畳分)の無線塔3本が300mの間隔を置いて正三角形に配置されています。
映画「山本五十六」でも描かれた、昭和16(1941)年12月8日の太平洋戦争の勃発の口火を切った真珠湾攻撃の暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」は、この無線塔でも中継されたともいわれています。終戦後は海上保安庁が管理し、1997年にその役割を終えました。2013年3月に国重要文化財(建造物)に指定され、施設の一部公開を開始し、2016年には日本遺産に認定された「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」の構成文化財の一つにもなっています。現地では「針尾無線塔保存会」がガイドや管理を行っています。
2022年5月に放送されたNHK土曜ドラマ「17才の帝国」では無線塔が作中において重要な存在であるAI「ソロン」として登場、電信室は閣議室として登場しました。

浦頭引揚記念平和公園
浦頭引揚記念平和公園

1945年9月、佐世保は外地からの引揚港に指定されました。引揚者の母国への上陸第一歩を印した場所が、佐世保湾の南東に位置するこの浦頭でした。引揚者は1950年4月までに軍関係者、民間人合わせて約140万人の人々がこの地に上陸されました。
浦頭は1986年、全国からの募金によって平和を願う公園として整備され、資料館が併設されています。
この資料館には当時の着衣、日記、紙幣、リュックサック、引揚記念書・軍人手帳、収容所での詩集、DDT消毒道具などが展示されています。2000年1月には、田端義夫氏が歌った「かえり船」の歌碑が建立されました。

無窮洞
無窮洞

『無窮洞(むきゅうどう)』とは、第二次世界大戦のさなか(1943年)、当時の宮村国民学校の教師と小学生たちが掘った巨大な防空壕のことです。中は幅約5m、奥行き約20m、生徒500人が避難できたというほどの大きさ。避難中でも授業や生活ができるように、教壇まで備えた教室をはじめ、トイレや炊事場、食料倉庫、さらには天皇の写真を奉ずる御真影部屋まで設けてあり、戦時下の時代背景を知ることが出来ます。 当時4年生以上の児童がツルハシで堀り進み、女子生徒がノミで仕上げたといわれ、工事は昭和18年8月~終戦の昭和20年8月15日まで続けられたそうです。 天井は小学生の手によるものとは思えないほど、美しいアーチを描き、平和の祈りが聞こえてきそうな趣きの『無窮洞』。市街地からは少し離れますが、ぜひお立ち寄りになって中をご見学下さい。

梅ヶ枝酒造
梅ヶ枝酒造

1787年創業以来、江戸時代の建物を現在でも使用している造り酒屋です。1860年に建てられた、主屋をはじめ、江戸時代末期建造の瓶詰所、旧むろ、旧仕込蔵、大正期建造の貯蔵庫など7棟が2002年に国の登録有形文化財に指定されています。

日本酒・焼酎・リキュール・ジン・甘酒・漬物と種類が豊富です。酒蔵は年間を通じて見学することができ、お酒の試飲もできます。(お車でお越しの方はご遠慮ください)酒造りの様子、酒造内の施設を杜氏や蔵子さんが丁寧に案内してくださいます。所要時間は約30分。歴史を感じる建物に魅了されながら、心地の良いお酒にいい気分になってしまいそうです。

JR佐世保駅

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